歌人・茂吉が暮らした
最上川舟運の町、大石田
大石田の町の大通りに並行してゆったりとおおらかに最上川が流れています。かつて、この大石田は年貢米や紅花等を上方へ運び、そして上方からは多くの文化や品物を運び入れた最上川舟運の中継ぎ河岸として無数の船がこの川を行き交っていました。またその舟運の商いによってたくさんの豪商が生まれました。今も町内の川沿いにある蔵造りの建物や商店がその名残りを見せています。
松尾芭蕉をはじめこの町にはたくさんの歌人や画家が訪れています。歌人の斎藤茂吉もその一人で昭和二十一年二月一日から翌二十二年十一月三日まで茂吉自身が「聴禽書屋」と名付けて二藤部兵右衛門家の離れに居住していました。その間に詠った作品が歌集『白き山』に収められました。「聴禽書屋」は大石田町立歴史民俗資料館の敷地に現存し一般に公開されています。
町内の各所に茂吉の句碑があります。近くの「乘舩寺」の境内にも正岡子規の句碑とともに建てられています。またこの寺の釈迦堂には平安後期の作とみられる県指定文化財「阿弥陀如来坐像」と江戸時代の町指定文化財「釈迦涅槃像」があります。
最上川舟運がもたらした繁栄と文化が残る北村山平野の「大石田」。「文四郎麩」からは北へ二○キロ、車で約二十分のところです。是非初夏の川風を受けながらの大石田散策の旅を計画なされてはいかがでしょうか。

河岸の面影を残すために修景された
塀蔵と最上川

蔵造りの町並みが続く